早稲田大学
スポーツ科学学術院 教授 博士(医学) 睡眠医療認定医師
内田 直先生
良い睡眠をとると、疲れがとれて、翌日の体調が良くなることは実感として感じているヒトもいると思います。運動と睡眠の関係について、スポーツ科学と睡眠医学の見地からお話しさせていただきます。
アスリートは睡眠を重視しており、積極的に取り入れています。実際、早稲田大学競走部の長距離ブロックに所属する駅伝選手は、合宿中は10~12時間くらい眠っています。これは、毎日50キロ近く走る合宿中は、パフォーマンス維持のために、睡眠が不可欠となるからです。夜の睡眠だけでなく、昼寝や早朝の練習の後にも睡眠を取り入れるなどして、睡眠によって疲労や体力を回復し、高強度なトレーニングに対応しているのです。
2012年に行われたロンドンオリンピックは日本国内を大いに沸かせましたが、その開催前に、味の素㈱と日本オリンピック委員会がアスリートを対象に体調管理に関するアンケート調査(※)を実施しました。
(※)味の素ナショナルトレーニングセンターを利用するアスリート110名対象/2012年3月実施
その結果から、体調管理において重要なこととして、「しっかりと眠る」をあげたアスリートは全体の84.5%に上り、トップとなりました。また、アスリートは平均8時間4分の睡眠時間をとっていることもわかりました。
2010年NHK国民生活時間調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間14分で、その差は50分と、アスリートがいかに積極的に睡眠をとっているかがわかります。
アスリートがしっかり睡眠をとることにより、どれだけパフォーマンスが上がるかという研究がアメリカのスタンフォード大学で行われました。その結果をご紹介いたします。アメリカの大学のバスケットボール部の選手に、5~7週間、1日10時間睡眠を推奨したところ、翌日の練習でフリースローがよく入るようになったなど、競技パフォーマンスの大幅な向上が見られました。
大学の勉強もあるので、実際の睡眠は平均約8時間20分でしたが、意識的に睡眠をとることにより、これだけ日中のパフォーマンスが向上したのです。
一般の生活者の方々は、仕事や家事・育児・介護など、社会や家庭でさまざまな生活スタイルをとられていると思います。アスリートのように、睡眠もトレーニングの一環!とまでいかなくても、質の良い睡眠を意識的にとることで、翌日の仕事や家事の効率が良くなるなど、日中のパフォーマンスが上がることが期待できると思います。
それでは質の良い睡眠をとるためにはどうすればよいでしょうか?その鍵は習慣的な運動にあります。運動するとぐっすり眠れることはよく知られていますが、実は、一日運動しただけでは、その日の睡眠の質は大きく向上しません。深い睡眠(徐波睡眠)がわずかに増加する程度です。逆に、継続的に適度な運動を行うと、睡眠の質が安定して向上することがわかっており、以下のような効果を得ることができます。
さらに習慣的な運動は、睡眠の質以外にもカラダに良い影響をもたらします。
どの程度の運動が睡眠には最適なのでしょうか。ウォーキングなどある程度心拍数の上がる運動を週に数回行えば、質の高い睡眠が得られるといわれています。普段運動していない人が急に激しい運動をするのは禁物です。国の健康・体力づくり施策に関わる公益財団法人 健康・体力づくり事業財団が以下のようにウォーキングのポイントを示しているので、参考にしてみるのも良いでしょう。
ちなみに運動する時間帯ですが、午後から夕方がおすすめです。ヒトの体温は日中に高く、夜に低くなるというリズムで変動しているため、体温が上がる午後は高強度の運動に向いています。午後から夕方にかけて、習慣的に運動できると、睡眠の質が向上します。
一方、朝運動すると覚醒レベルが上がり、頭がスッキリします。一日のリズムを前進させるので、早い時間から効率が上がります。 ただし、朝は体温が上がりきっておらず、けがをする危険もあるので注意が必要です。
ストレス過多の現代社会において、ますます睡眠環境は厳しくなっています。睡眠の質の低下は不十分な疲労の回復、仕事の意欲の低下、仕事効率の悪化を招き、ともするとそれが「負のスパイラル」となり生活に悪影響を及ぼします。
その悪循環を断ち切るためにも習慣的な運動や“グリシン”の摂取を日常生活に取り入れ、睡眠の質を向上させましょう。集中力が向上し、学習や仕事の効率がアップ。余暇や睡眠の時間を十分に確保できるようになることと思います。